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バルジ加工とスポット溶接ととりせんの頃。あとパチンコ大学も。

先日副業の現場で栃木の小山市に行きました。
仕事は新規開店する店舗の什器の組み立て。
ポジション的には手元工としてです。雑工とも呼ぶ。

移動中カーナビの画面には見覚えのある地名がちらほらと
出てきまして、ハマリにハマリ倒した現場からの帰り道、
北関東で働いていた頃のあれこれを思い出しました。

ところで最近は圏央道で五霞町まで行けるのね。

当時と言うと今を去る事30年近く前。一昔×3w
栃木の某所に八○工業団地って所がありまして、
そこにストーブとかの煙突を作る工場がありました。

当時某社で寮生活の期間工として働いていまして、
小山のエンジェルさんマークのお菓子工場の現場が
期間終了してから邑楽町の寮に移ってそこに
行くようになりました。毎日毎日パイプを切断しまくる
日々を送っていたら請負先からお声がかかり、
何人かで別の工場で仕事をするようになりました。

そこでパイプをシワシワにする機械の担当として、
毎日毎日ステンレスに前世からの恨みがあるがごとく
シワシワのパイプを山のように作る仕事に就きまして、
その後シワシワのパイプの端に金具を溶接したり、
接続部のパッキンを取り付けたり検査したり、
挙句の果てには期間工の分際で図面を見て
ほとんど一人で色々な煙突を作るようになったんですよ。

その時の上司が良い人でさ、高○やめて社員ではいればって
声を掛けてくれたんですよね。こんな住所不定の兄ちゃんを
つかまえてさ。住む所も無いなら会社の社宅かアパートを
探せばよいし、どうにかするからこっちにおいでと。

今考えて見るととても良い話なんだよね。

で自分でも借りるなら大田駅の北の方が安いとか
それとも住み慣れた鶉駅の辺も良さそうな所があるし、
その当時の友達とも離れなくても良いなとか、
とりせんのそばが良いとかジャスコに行きやすいとか
夢がヒロガリング状態になっているのですよ。

ただネックになるのが週払いの生活を送っていたので、
月払いになる時のお金のブランクも不安でした。
でも川崎を出た時の借金もかなりの額返していまして、
一月ぐらいならどうにかなる目処もありました。

また借金でつーのが自分らしいですが。

あとちょっと何かあれば、例えば東京○ォーミングの社内で
好きな女の子でも居ればその話には100%乗っていたでしょう。
そしてそのまま栃木か群馬に居ついて結婚して子供が出来たら
パパ昔ここに居たんだよとかこいて夏は砂○サンビーチに行ったり、
初詣は佐野厄除け大師は混むから呑龍さんで済ましちゃおうとか、
他県人の癖に解っているふりをして、お盆には川崎帰って孫を見せて
親孝行をしていつかは川崎に帰ろうとかそんな妄想を巡らしていたのよ。

ただその頃は女っけが全然無いw 出会う機会も男と外人しか居ない
久保○工場じゃ絶対に無理w 一週間の間に見る女の人って
仕出しのお弁当の配達の女の子ぐらい。マジでそれぐらい。

ついでにこれで良いのか、俺の人生はこれで良いのかと。
煙突を作る為に故郷を捨てたのかとまだ若い自分は、
決められた平凡な枠に閉じ込められるのか、
そしてまたドロップアウトするのではないかと
ありもしなくてやりもしない事にとても不安を感じたのですね。

このまま油に塗れて暮らして行って良いのか。
一度きりしかない人生なら出来れば大金を手にして
自分を馬鹿にしたあいつ等を見返してやれないかと。

自問自答しているうちに鬼の○八地獄の佐○と呼ばれていた
どちらかに入って自分を鍛えてビッ○ツモローに出ているような
成功者になってみたいなと、まぁ若気の至りと言うには
あまりにも稚拙な考え方ですがその話を断る事にしたんですよ。

で地獄の方は免許の点数の関係で断られて鬼の方に行くのですが、
結局今考えて見ると自分の幸せつーものより、他人の評価を
身の程知らずなほど気にしていたなと。自分がいま何処に居て
どこに向かおうとしているかなんて考えもしねーし。

とにかく金!金!金!お金のためならなんでもしてやろうと、
それを自分はやりぬく事が出来るだろうと、もう人でなしでも
悪魔でもなんでもなってやると、そしてその見返りとして
大金を手にする事が出来ればこのもやもやした気持ちが
すっきりと解消できると。良しやってやるぞエイエイオーと
今書いていて赤面するぐらいのとんでもない事を強烈に願ってたのね。

狂っているなーw

その後収入は確かに増えたんですが稼ぐ以上に借金も増えて、
調布に居たときにあるきっかけで奥さんになってくれる人と
知り合いまして、結婚間際に借金が発覚して大騒ぎになり、
父に助けてもらってどうにか所帯を持つ事が出来たのですが、
その時北関東で生活をする事を選んでいたならどうなったんかなと、
もし人生を選択するチャンスがあったならそれはその時だったなと、
まぁ根がこんなのですからこじれた依存症者になる確率は
非常に高かったのでしょうがせめて身の程つーのかな?
そんな知恵とか賢さとか言える物が当時の自分に身に付いていれば
自分の人生における数奇さも幾らかは和らいでいたんじゃねーかなーと。

でも他人の評価とか他人と比べてとかそんな事を
気にしすぎるようじゃやっぱりどんな道のりでも
依存症になっていたのかなー。

書きながら思い出したんですが工場を去るときに
世話になった人たちに挨拶をしながらこみ上げる物が有り
声を詰まらせて涙をこらえた自分が確かにそこに居て、
その自分が本来の自分であると長い間気付きもしなかったなと。
夕方の小山バイパスの渋滞の中そんな事を思い出しました。
人生が二度あれば。だけどまた依存症になりそうだからどうしようかなー

うん、やっぱりだめだがねw


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Author:ヒロ
ギャンブル依存症のヒロです。ハイヤーパワーと共に新しい生き方を学んでいます。

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