内面的な貧困

最近海外のスラムの事を書いてある本を読みました。

その中で薬物依存の蔓延について描かれていました。
ストリートチルドレンの生活の中で身近過ぎるほど身近に
なっているようでして、痛みも苦しみも有機溶剤でごまかして
いかないと生きてゆけない毎日があるようです。

あまり長生きは出来ないらしく、もし運良く薬物に関わらず
成年になって家庭を持てたとしても離散が多くて。

子供たちも含めて劣悪な環境の下暮らし続けるしかないそうです。

貧困とは、それも諦めて受け入れざるしかない貧困とは
現代の日本に生きる私たちからは想像を出来ない状態なんでしょう。

ところで

ギャンブル依存症の私たちは周囲の人々に対して、それも
特に近しい人に絶え間なく、諦めと怒りと恨みを引き起こし続けてきたので、
残念な事ながら家庭らしい家庭を作る事は無理だったんでしょう。

いつでも何か緊張感がある。

それは私たちの家族にとって精神的にとても恵まれない環境です。
そんな強迫的ギャンブラーが少しの期間ギャンブルを止めたと言っても、
簡単に誉められたいと言うのは病気の症状そのものなんでしょう。

内なる貧困とは実はこんな事なんじゃないですかね。
良くギャンブルさえしなければと評される話しを聞きます。
本当は良い人でとか優しい人とか仲間の家族から聞きます。
でも嘘つきで責任逃れをしたがるまるで子供のようなギャンブラーを、
過去いかに傷つけられても弁護しようとするのは、
やはりこれも病気の症状なんでしょう。

精神的な貧困、そして機能不全家族の再生産。

たかだか何年かギャンブルを止めたぐらいで免罪符を
もらったように思うのは勘違いの極みかも知れません。

ではどうすれば良いのか?

それは自分自身のハイヤーパワーと相談したほうが良いのでしょう。
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Author:ヒロ
ギャンブル依存症のヒロです。ハイヤーパワーと共に新しい生き方を学んでいます。

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