握切れ

ある一日のことです。

本業の休みが取れたのでこっそり副業の会社で仕事をしました。
テントの設営とかする所なんですが、以前少しは出来ると思っていた作業が
全然出来なくて非常に落ち込みました。簡単に言えば杭打ち。
テントが飛ばないように脚の部分に重りを乗せるか、周りに杭を打ち込んで
ロープで固定するかどちらかが養生として多いのですが、これがまた全然叩けない。
通算すれば現役の強迫的ギャンブラー時代から副業として日雇いをしていて、
自ずとテントちゃんに親しむ機会が多かったはずなのに久しぶりに持った
10ポンドの大ハンマーは、杭を打ち込む所か最初に食い込ませるのさえ、
容易ではありませんでした。セールスマン時代を除けば力仕事が多かった
自分としてはとてもショックで。とてもとてもとてもショックで。

去年の秋に50才の大台に乗ったんですがこれが年を取るという事なのかと。
そういえば老眼鏡も時々使わざる得なくなってきたり、小ぶりなジョン君も
元気が段々無くなって来て朝でさえ大人しいものである事も悲しい限りで。

どちらかと言えば頭より身体を頼りにしてきたので、あまりのだらしなさに
大げさに言えば死亡宣告を受けてしまったように思えたんですよね。マジで。
ほいで家に帰ってから同居人を捕まえて杭が叩けなくなったとぼやいても、
返答は今日はお産が犬も猫もあって疲れたと仕事の愚痴返しをされちゃいまして、
完全に握切れを起こしている手で何処かに行こうにも何かをしようにも、
手が使えないから何もする気にもなれず、あぁこうやって年を取るのかと。
もうこれで体力は下る一方で行く行く先は若いのには足手まとい扱いされて、
おじさん、もうここはいいからお掃除でもしていて何て言われて、
実は影では「あーあー、使えねーおっさんだわ(怒 」と影沙汰を叩かれるか
それともヤクマチを叩かれるかもう気分は老いた闘牛士、消える日暮れのと
もうまーくらな感じで一日を終えたのでした。本当に8時には寝ちゃったしw

でもさ、それってたまたまの事なのよね。冷静に良く考えると。
それでそんなに落ち込まなくても一年に何回もやる仕事でもないのよね。
確かに身体は何さ、若くなるはずは無いさ。でも若い頃よりは出来る事は増えたし、
これからももしかしたら新しい事を覚えられるかもしれない。可能性はあるさ。
一つの事に拘って人生お終いって事は無いのでしょう。確実に老いる訳だし。
これを機会にメンテナンスをしなくてはと思うさ、でも恥をかいた一日の為に
全部を棒に振ることも無いのでしょう。それで何が傷ついたか?

安全と共存両方だろう、何処に居ても有用でありたい欲望が傷ついたんだろうね。
それで有用である事で得られる収入が無くなる不安を感じたんだろうね。ではどうすれば?
これは体調と筋力のメンテナンスをする事なんだろうね。それもこれも含めて変化している。
変化するとは良くなる事ばかりではなくて、退化する事もあるのだからねぇ。

うん、表のやり方は確かに役に立つ。何事にも過敏な我々にとっては。

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Author:ヒロ
ギャンブル依存症のヒロです。ハイヤーパワーと共に新しい生き方を学んでいます。

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