手放す



最近妙に気になっている事がありまして、依存症の業界用語なんですが手放すって言葉が
悩ましくて仕方ありません。自分には解決方法が無いから自分の力で止めるのではなくて
他に解決方法を求めるっていう問題に対する向き合い方を指すと思ったら、例えば回復しない仲間に
対して手放すとか、自分のこんがらがった問題を手放すとか、加齢について手放すとか老眼に対して手放すとか、
諸々ありますが、それは手放すなんかなぁともしかしたら投げ出すじゃないかなって思い悩んでいます。

こんなに考えたのは地下鉄が何処から入ったのか不思議で仕方なかった時以来でして、
まぁ未だに良く分からないんですが、こんな長年の悩みを放置するのは手放すか投げ出すかと
言うともう頭の中がぐるぐるしちゃいます。グルグルしている人たちに揉まれて毎日を送っていますので、
もうグルグルしっぱなしです。そういえば魔方陣グルグルなんてぇ漫画があったようななかったような。
同じようにプログラムもグリングリンとしてくれれば良いのでしょうが、まぁそれなりにグリングリンしています。
グリングリンじゃなくてグリーングリーンと連呼するとかなりやばそうな感じです。スキップしてみたりw

無力についても同じような感じで書きましたがそこそこ回復している人たちって面倒くさいですね。
もちろん僕も相当面倒くさい人間なんですけど理屈が理屈のために理屈をこねくり回しているようで、
まだビギナーの頃に出会った先行く仲間からミーティングに行けって良く言われたのを思い出します。

さて手放す。うーん。

家族の接し方として一昔前は依存症がこじれるとその人に自分の問題と
気付いてもらう為に、不本意ながら距離を置いたり少し冷たくあしらったりするのが
はやっていたような気がします。私も一年ぐらい追い出されました、つながって二年目ぐらいに。
Detachmentって言ったかな。確か。でもそんな簡単に依存症から180度回転出来るのなら、
そもそも問題にならないでしょう。どうしようもないからどうしようもない訳でして、
問題を解決できる能力が無い事に気が付くまでに紆余曲折を繰り返すのでしょう。

で下手したら死んじゃう。これって残念ながら問題の側面でして、
依存症真っ最中より良くなろうと奮闘努力している時のほうが辛いのよね。
それで自分でどうにもならない事を認められなければさらに苦しくなる。
日本人の思考回路なのかも知れないけど努力は報われるはずだと。
これはまだ努力が足りないと自分に対して叱咤激励する、そして弱い自分を呪う。
で心が折れてしまう。以下省略。そんな話は依存症である以上付いて回る話さ。

で自分の問題にどうちゃらこうちゃらって色々理屈とか必然とかを求める前に
あなたは病気なんで治して下さいってパートナーとかは言うべきなんでしょうね。
バーンと。バババーンと。それでこの人の問題は私には解決出来ないって事を
認めないといけないんでしょうね。先に進む為には。そしてお互いの回復の為には。
そこから始めないといけないのかも。まぁ今では直面化も進歩しているようですがね。

否認の病とは言いますが。未来を。

PS
非コメさん、コメント有難うございました。今後ともよろしくお願いいたします。
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テーマ : ギャンブル依存症
ジャンル : 心と身体

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ギャンブル依存症のヒロです。ハイヤーパワーと共に新しい生き方を学んでいます。

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