確かに生きてきた 2

夕暮れの石和駅


去年の冬に過去の生き方を全否定するのを止めましたって
事を書いたと思います。今はさらに自分自身を否定するのも
止めてしまいました。かと言って成長したくないとか、
変わりたくないとかって言っているわけじゃ無いのですが、
不思議なほど自分自身が嫌いじゃ無くなりました。

自分を愛するように他人を愛せってキリスト教の言葉に
あったと思いますがそもそも自分を愛する事が無かったので、
他人を愛するって事がわからなかったと思います。
自分が愛と言う言葉を口にする時は打算があったり
誘導があったり強要もあったりしたと思います。

そもそも愛って良く判らなかったしね。

自分を容認出来ないのであれば自ずと他人を認められないもので、
自分が思うように物事が進んでいないと気に食わなかった
自分の性格上の欠点が見え隠れしています。
それで他人を傷つけ続けたと言うと自己弁護のようですが、
別に病気利得が欲しくてこんな事を言っているわけじゃありません。
過去に対しては逃げません。将来を都合の良いように楽観視する気も
ありません。ただ淡々と自分の責任を果たす事が出来ればと思うだけです。

過去どうであったか、それは他人の存在を考えていなかった。
何が起きたか、それはどうやって生きてゆくのか判らなくなった。
現在はどうであるか、今は他人と協調して生きてゆく事を覚えつつある。
なぜそう出来るようになったのか、それはプログラムを手にしたから。

実際に効果がある。これだけは声を大にして言いたい。
このプログラムは効果があります。ゴミ箱から拾い上げられたと
いった表現がある本にありますが、過去の価値観やこびりついた
固定観念を全て覆す威力がこのプログラムにあります。
最近から仲間に手渡しをする機会に恵まれるようになったのですが、
全て自分が渡された物を手渡せるように努力したいと思います。

確かに生きてきた。すでに否定する事は無い、確かに生きてきた。
極端に矮小になる必要は無く傲慢になって自分をごまかす必要は無い。
この新しい生き方を誰かに伝え続けたい。その為の道具になりたい。
自分では出来ない事を全て自分の理解する神様はお膳立てして、
私をかばって時には突き落として気付かしてくれて、
結局は何とかしてくれた。自分の出来ない事全てを。

今まで確かに紆余曲折はありましたが、現在は自分の立っている位置が
確かに過去と変わっている事を実感しています。
現代人としては小柄な私ですが背が伸びたような気がします。
世の中は近くなって見通しが良くなってこれを維持できるのでしたら、
もっと成長し続けたいです。もう狂っていた頃の自分には戻りたくないです。
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Author:ヒロ
ギャンブル依存症のヒロです。ハイヤーパワーと共に新しい生き方を学んでいます。

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