ある一線を超えていましたよ。

最初の頃は確かにギャンブルは楽しかったですよ。
高校生の頃は背伸びをして大人ぶるのが気持ちよかったしね。
パチンコ屋の中って適当に不良ぶるのには手頃だったな。
喫茶店でたむろするよりも、やたら改造したバイクで
街を流すよりも、居心地は良かったなぁ。

あの当時からゲーム喫茶にも出入りしていたなぁ。
ジャンピューターしかやっていませんでしたがね。

高校を出てある会社に勤務していた頃の話です。
同僚の間でパチスロが流行り出しました。
ニューデートラインって機種なんですが、
仕事もそっちのけでみんなやり始めていました。
その頃から段々と雲行きが怪しくなっていましたね。

ちょっと問題になりつつ有ったのは、ゲーム喫茶がはやりだした頃。
サラ金もその頃からお付き合いが始まりました。
その頃、20年ちょっと前の京浜地区ってのは
喫茶店でフルーツが置いてあるのはあまり珍しくないし、
横浜のある駅を下りると町中の喫茶店がゲーム喫茶に
なっていたって話もありましたね。確かに川崎でも多かったです。
トランプのマークがゲーム喫茶のマークに見える位、
あの頃は町中に賭博ゲーム機が珍しくないほどありました。

当時の同僚や仲間と週末に連れ立ってゲーム喫茶に遊びに行く。
ある人はボーナスを全部使い果たし、ある人は貯金を取り崩し、
ある人は借金をした事を奥さんに告白してギャンブルから離れてゆく。
その当時の私と言えばそろそろギャンブルが問題になりつつありましたね。

決定的に破滅はしていないのですが、その後の数奇な人生が
始まる準備期間のような物でした。背中を押したのは当時の彼女との判れ。
自暴自棄になって毎晩一万円を持ってゲーム喫茶に通う日々。
もう借りたお金で賭けるようになっていましたね。
そんな調子ですからバンドも当然うまく行かなくなりまして、
段々と居場所が無くなりつつありました。

余談になりますが、自分が弾いていた楽器は毎日練習していないと、
如実にレベルが落ちてくるようでして、その頃はある楽器会社の
主催で開かれたコンテストで個人賞を頂いた時とは見る影も無い
無残なものでしたね。リズムは駄目、運指も駄目。ビートも無いw
ぶっちゃた話全部駄目でしたね。才能が無いのは気が付いていましたが、
酷すぎて酷すぎて。どんな小さなハコでも人前で弾けるレベルじゃ
無かったですね。でも弾いていましたが。不正直だよなぁ。

その後一人暮らしをしていたアパートが家賃を払えなくなって実家に帰り、
親に一度借金を清算してもらったのにまた借金を繰り返して、
ある冬の日に失踪する事になるのですが、どの時点でやりすぎていたか。
どの時点でコントロール不能になっていたのか。

自分では当時の彼女との別れがきっかけになったと思っていますが、
それはただ開花した瞬間でして、その前から丹念にギャンブル依存の
畑を耕して肥料を上げて、雑草をとってお手入れしていましたね。
生まれてきた時から培っていたギャンブル依存症の素質が
一気に顕在化しただけで別にその前からロクなもんじゃありません。

お金の問題でも道徳の問題でもなく素質があった。
ちょっと言い方悪いなぁ、そうせざるを得なかった。
そうしないと生きてゆけなかった。正しい位置に叩き込んでくれたのは、
ギャンブルだったんですね。それが無ければどうなっているかと言うとさ。
もっと凄い問題を抱えていたのかもしれませんね。
まだ問題の対象がはっきりしただけに解決しやすい部類に
有ったかも知れません。この適度な問題を渡してくれるってのは
人間の領域じゃありませんな。解決方法もナニだけどさぁ。

さてこれからはどんなドラマが待っているのでしょうか。
なにが起きても良いですが、誤った時に気付く事が出来れば
良いなぁと思っています。過去の私は気が付く事も無かったですから。
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Author:ヒロ
ギャンブル依存症のヒロです。ハイヤーパワーと共に新しい生き方を学んでいます。

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