北関東、特に足利と館林周辺について思い出してみた。

今朝目覚めた時に、以前は暴力的だった事を思い出しました。
学生の時はともかくとして、北関東時代は結構激しかったな。

館林の隣町に住んでいたときにね。一番最初に入寮した部屋で、
同室の人がお刺身を用意してくれたんですね。歓迎の意味で。
何となく下に見られたような気がして、「てめぇにわかるのかよぉ」と
発作的に暴力を振るっていたんですね。壁に押し付けて、
こぶしを彼のあごに押し当てて、怖かったでしょうね。

俺もそんな事されたら怖いわ。

その後和解して良いお付き合いをさせて頂くんですが、
似た様な話はその頃ゴロゴロとありまして、
喧嘩をしてからで無いと友人関係が作れませんでした。
常に衝動的で発作的。声は大きい、態度はでかい。
何考えているのか良く分からない。それで暴力的。

今のように派遣なんてメジャーでは無かった頃の
食い詰め者の集団の中でメキメキと居場所を作っていました。
いわゆる期間工の住所不定者の中で生き生きと暮らして居ました。

自分の青春と言えばあの頃がそうかも知れませんね。
自分の身丈ってのに丁度良い生活ってのは、
ギャンブル抜きならば、あの時代がそうかも知れません。
あのまま北関東に居たとしたら、お誘いがあった工場に
就職して、アパートを借りて、毎日油に塗れながらも、
結構つつましくも幸せに暮らしていたかもしれませんね。
それで年齢を重ねるにつれてそれなりに常識も身につけて、
結婚出来たとしたら子供の手を引いてとりせんなんかで買い物して、
時々鬼怒川で遊んだりしてそういう人生も選択する事も
出来たんでしょうね。選びませんでしたけど♪

地道に暮らすのが苦手な私は途中でその生活に飽き足らなくなって、
人生を思いっきり変えたくてセールスマンになるんですが、
あれが人生の分かれ道だったんでしょうね。
なんであんなに急激に向上したかったんでしょう。
なんであんなに自分を変えてみたかったんでしょう。
バブル後期の浮ついた雰囲気に、努力すれば報われると言う風潮に、
身の程も分からずに非凡になりたかったんですね。
コツコツと借金も返す事が出来て、ギャンブルの問題も
今からしてみればそんなに酷くも無かったのに、
なんで背伸びをしたかったんでしょうか。

それは見返してやりたかったんですよ。全て。
自分を見捨てた彼女とか軽くあしらわれた音楽関係者とか、
地元の友達とか親とか従兄弟とか全てをね。
とんでも無いお金持ちになって見返してやりたかったんですよ。
でももう間違い始めていましたね。狂いはじめたってのが正しいか。

何で俺はこんな暮らしをしなくてはならないのか。
何で俺がこんなに苦しいのか。何で俺は毎日煙突をプレス機の前に
かじりついて作らなくては行けないのか。
何でこんな底辺でくすぶっていなくては行けないのか。
冗談じゃない、これは俺の居る所ではない。ふざけんなって
毎日思い始めた頃が後の破滅の始まりでしたね。

一発逆転が無いと惨め過ぎると自分を責めて無理やり駆り立てて、
無茶苦茶な事ばかり繰り返して最後には文字通り燃え尽きて
うつ病みたいになって最終的にはセールスの世界を去る事に
なるんですけど、自分の実力不足ってのは最後まで認めませんでしたね。
認めたら自分が無くなる感じがしていたんですけど、
結局は自分なんて物は最初から最後まで無かったんでしょうね。
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Author:ヒロ
ギャンブル依存症のヒロです。ハイヤーパワーと共に新しい生き方を学んでいます。

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