甲府のある会場

NPOのかめ

今年に入って私どものグループも仲間が増えて参りました。
おかげさまでとしか言い様がありません。
立ち上げ当初は一人きりを覚悟して開けた会場が
いつの間にか手狭になって来ました。
残念ながら定員が10名の会場なので同じ施設の
別の部屋をお借りして開場するのを検討するようにもなりました。

いま使用している和室の床の間にはこの亀さんがおります。
感謝を込めてハンドブックを置いて見ました。
ただ今回復のプログラムを読んでいます。

今後は不定期でミーティングをする時、
この部屋を借りる事はあるのでしょうが、
本線の水曜日のミーティングはもっと広いお部屋を
お借りする事となるのでしょうね。

もうじき毎週は会えないね、亀さん。
君も初期の大事な仲間だったよ。
置物なんで話せないのが残念だったけど♪
あと手が短いのでチェーンハンドも出来なかったね(笑)
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何故ここに居るのかってお話

前のホームグループに居た時ですが、家族の方が
導いてつながった仲間が沢山いました。
そういう施設のプログラムに入っていたお陰なんですけどね。

時々私は依存症でもあなた達ほどは酷くないですとか、
こんなくだらない事は早く離れたいとかさ。
良くそんな話を聞く事がありました。
後は脱走する仲間とかね。これは他でもあるかぁ。

これが中々香ばしいもので必死に否認しているのですが、
あなたすっかりギャンブル依存症でしょう?って
状況をもって現在の生活をしているはずなのに、
まだまだ私は君達とは違うって言いたいんでしょうね。

つーかさぁ。ご家族の方が高いお金を払ってまでね、
そんな施設に入らなくちゃならないって現実を
なんで早く認めないのって良く思っていましたね。
その頃はまだかなり短気な頃で口にも出していました。

社会からつながるのも色々なルートがありまして、
家族が見つけてつながったり、医療や行政からつながったり、
最近はインターネット経由でつながるルートもあります。

どんな入り口でもある点を越えると自分の病気を
認め始めるのですが、家族経由の施設の仲間には
微妙な印象がその当時はありましたね。
淡々とプログラムをこなしている仲間は、
やっぱり淡々と回復していくし、
まだイヤだイヤだとダダをこねていた仲間は
その内に居なくなっちゃうし。どんでん返しも多いしね。

消えていった仲間の共通点は自己憐憫とかさぁ、
酷いのになると被害者意識が見え隠れしていたなぁ。
ボーンと突き放されてこれしか出口は無いって
思えるようになると社会に戻ったり新しい世間を
作り上げたりするのでしょうけど、
受身になったままの人はちょっと微妙だなぁ。

今日はちょっとお説教がましい事を書いています。
不愉快でしたら御免なさいね。

底付きが浅いだの深いだの、まだ君達ほど病は深くないとか、
色々見聞きしましたし、お前ほどは見込みは無い訳じゃないって
実際に言われた事もありましたが、あのね。良く考えて見て。
一人で来たりたまに家族と一緒に始めて会場の扉を開いたって事は、
自分じゃ無理って認めないといけないんじゃね?

何故ここに居るのか。見込みが無いからここに居るんじゃね?
普通の人なら夜の7時なんて一番テレビが面白かったり、
家族と一緒に居たり、一日の一番のゴールデンタイムでしょう。
それをこんなみみっちい話しかしない所に体運んでいるんだもん。
もうどんな方法でも生き方の方向転換をしないといけないって
素直に思いませんか?わたしゃ病気が酷いもので、
毎日でもミーティングには行きたいですよ。
今でも暇さえあればミーティング行っていますしね。

最初の頃から思っていたんですが、
ミーティングさえ途絶えなければ何とかなるって
考えが私にこびり付いているんですよ。
他にギャンブルから離れる方法は全然知りませんし。

何故ここに居るのか。このブログをお読みのあなた。
失礼ですが、かなりお病気が深そうですね。
なんてったってこのブログはカチカチのギャンブル依存症者本人、
それもかなり重症の本人が書いている文章ですから。

何処かの会場でお会いしましょうね♪

ある一線を超えていましたよ。

最初の頃は確かにギャンブルは楽しかったですよ。
高校生の頃は背伸びをして大人ぶるのが気持ちよかったしね。
パチンコ屋の中って適当に不良ぶるのには手頃だったな。
喫茶店でたむろするよりも、やたら改造したバイクで
街を流すよりも、居心地は良かったなぁ。

あの当時からゲーム喫茶にも出入りしていたなぁ。
ジャンピューターしかやっていませんでしたがね。

高校を出てある会社に勤務していた頃の話です。
同僚の間でパチスロが流行り出しました。
ニューデートラインって機種なんですが、
仕事もそっちのけでみんなやり始めていました。
その頃から段々と雲行きが怪しくなっていましたね。

ちょっと問題になりつつ有ったのは、ゲーム喫茶がはやりだした頃。
サラ金もその頃からお付き合いが始まりました。
その頃、20年ちょっと前の京浜地区ってのは
喫茶店でフルーツが置いてあるのはあまり珍しくないし、
横浜のある駅を下りると町中の喫茶店がゲーム喫茶に
なっていたって話もありましたね。確かに川崎でも多かったです。
トランプのマークがゲーム喫茶のマークに見える位、
あの頃は町中に賭博ゲーム機が珍しくないほどありました。

当時の同僚や仲間と週末に連れ立ってゲーム喫茶に遊びに行く。
ある人はボーナスを全部使い果たし、ある人は貯金を取り崩し、
ある人は借金をした事を奥さんに告白してギャンブルから離れてゆく。
その当時の私と言えばそろそろギャンブルが問題になりつつありましたね。

決定的に破滅はしていないのですが、その後の数奇な人生が
始まる準備期間のような物でした。背中を押したのは当時の彼女との判れ。
自暴自棄になって毎晩一万円を持ってゲーム喫茶に通う日々。
もう借りたお金で賭けるようになっていましたね。
そんな調子ですからバンドも当然うまく行かなくなりまして、
段々と居場所が無くなりつつありました。

余談になりますが、自分が弾いていた楽器は毎日練習していないと、
如実にレベルが落ちてくるようでして、その頃はある楽器会社の
主催で開かれたコンテストで個人賞を頂いた時とは見る影も無い
無残なものでしたね。リズムは駄目、運指も駄目。ビートも無いw
ぶっちゃた話全部駄目でしたね。才能が無いのは気が付いていましたが、
酷すぎて酷すぎて。どんな小さなハコでも人前で弾けるレベルじゃ
無かったですね。でも弾いていましたが。不正直だよなぁ。

その後一人暮らしをしていたアパートが家賃を払えなくなって実家に帰り、
親に一度借金を清算してもらったのにまた借金を繰り返して、
ある冬の日に失踪する事になるのですが、どの時点でやりすぎていたか。
どの時点でコントロール不能になっていたのか。

自分では当時の彼女との別れがきっかけになったと思っていますが、
それはただ開花した瞬間でして、その前から丹念にギャンブル依存の
畑を耕して肥料を上げて、雑草をとってお手入れしていましたね。
生まれてきた時から培っていたギャンブル依存症の素質が
一気に顕在化しただけで別にその前からロクなもんじゃありません。

お金の問題でも道徳の問題でもなく素質があった。
ちょっと言い方悪いなぁ、そうせざるを得なかった。
そうしないと生きてゆけなかった。正しい位置に叩き込んでくれたのは、
ギャンブルだったんですね。それが無ければどうなっているかと言うとさ。
もっと凄い問題を抱えていたのかもしれませんね。
まだ問題の対象がはっきりしただけに解決しやすい部類に
有ったかも知れません。この適度な問題を渡してくれるってのは
人間の領域じゃありませんな。解決方法もナニだけどさぁ。

さてこれからはどんなドラマが待っているのでしょうか。
なにが起きても良いですが、誤った時に気付く事が出来れば
良いなぁと思っています。過去の私は気が付く事も無かったですから。

一日中フルーツをしていた日の話

先日会社で積み立てていたお金が満期になりました。
前回はちょうど3年前。底を付く直前でした。
最初はこれでシン●を返済できるなぁと思っていたのですが、
全部ギャンブルで使ってしまいました。今回は大丈夫でしたけどね。

ちょうど三年前のある日の事でした。
その頃通っていたゲーム喫茶と言えば、
山梨県で一番の老舗のデパートの搬入口のそばに
ある老舗のゲーム喫茶でした。動物のマークのね。

なんか適当な理由を付けて家を出てきて、
午前中はちょっとだけ遊んでその後映画でも
見て帰ろうと思っていたんですね。

9時位に行ったんだっけなぁ。確か。
最初のサービスが溶けて、一万位入れてから
スイッチが入ってしまってベットを上げて、
バンバン叩き出していつもの迷走状態に入りました。

こうなるともうどうしようもなくなります。
店に入って入れてって言う前に予測出来たはずなのに、
全然駄目ですね。途中で一度席を立って、
マックにハンバーガーを食べに行くのですが、
その味気無さは凄いものでした。本当に舌が変になっていたんでしょう。
油粘土で出来ているような味気無さ。なんなんだこれはって感じでした。
うまくもなんとも無い。でもがっついて食べている。

店に入ってからまた再開するのですが、
コントロール出来ないギャンブルってのは
必ず負けるようにやり続けるのですね。
ダブルアップのボタンがぶち壊れて中断する以外は、
ただひたすらにビックだのスモールだのやり続けるのですね。

結論はあえて書きませんがご想像通りです。
呆然として映画館に飛び込んで映画を見てやっと帰宅するのですが、
何を見たのかよくわかりません。これだからキチガイのする事ってのはw

あれから3年かぁ、良く止まったなぁ。
我ながらゴキブリ並みの生命力だなぁ。
普通の仲間のGAはGamblers Anonymousですが、
俺だけゴキブリアノニマスかもなぁ。確かにゴキブリ見ると逃げるしな。
怖いんだよなぁ。時々飛ぶし。風呂とかで遭遇するとビビルしな。

自分に似ている仲間は苦手って法則が当てはまるのかもな。
昔浅草橋周辺で拾ったもの食べた事あるし。

孤独が今必要なんでしょうね。やれやれ。

具合が悪いです。精神的にかなり参っています。
久しぶりだなぁ.....orz
いつも調子がよい訳じゃ無いのは良くわかっていますが、
先日からかなりの落ち込みに襲われています。

そんな時は決まってミーティングを増やして
応急処置をするのですが、落ち着きを取り戻したのは
ついさっきでしたね。原因ははっきりしています。
奥さんに連絡をしなくなったので、落ち着かないんです。やれやれ。

プログラムに入ってから身勝手さはある程度気がつくようになりました。
自己中心的な所もある程度は気がつくようになりました。
最後の関門として寂しさにはまだ抵抗力がありません。
周期的に襲ってくるこの波だけはまだ何にも出来ません。

寂寞感とでも言うのでしょうか。寂しいですね。

木曜日の深夜から来た波は結局4日間続きました。
アパートに帰りたくないわ、お金使いは激しくなるわ、
だんだんと悪い方向に向かっているような感じですね。

どん底に近い心理状態。孤独感だけは太刀打ち出来ません。

土曜の午前中にMTGを開けました。午後は家族のMTGに行きました。
その後のフェローで何を考えたか全部飲食代を全部おごろうとしました。
囚われちゃいますって言われて割り勘になったんですが、
もっと孤独感に囚われました。もう駄目だなぁ、思いつきで行動しちゃ。
その後少し空き時間が出来たので一時間だけ慰めていただきました。

簡単に言えば「風俗」

その後別の依存症のMTGでその問題を下ろして、
一応は自分の中では解決をするのですが、
まだまだ未熟だなぁ。寂しさ。これは最後に残った問題だわ。

簡単に解決する方法。そんなのはきっと無いでしょうな。
簡単に解決すると思ってもきっともっと寂しくなるんだろうしね。

仲間の中にいると何故か安心する

日中は会社の産業医面談があったので出かけていました。
今日は休みだと言うのに面倒くさいんだニャ。
遠くの事業所に集められるので、原チャリで出かけたのですが、
久しぶりに乗ると、後ろのブレーキがやっぱりおかしい。
面談が終わってから以前に自転車を直していただいた
バイク屋さんに持ってゆくと残念ながら断られて、
別のバイク屋さんに修理をお願いいたしました。

徒歩でアパートに帰ってから自転車を購入した
ホームセンターに持っていってこれも修理を依頼しました。
これは後輪のきしみが激しくて不愉快なのでついでに
勢いで修理に出しちゃいました。
代車としてお店の自転車をお借りしたのですが、
サドルの高さが直せないので微妙に乗りづらい。
しばらくはこれしか乗り物が無いのは嫌だニャ。
これで会社まで行くのかよぉと思っても
修理に時間がかかるって承知でお願いしたんですね。

そんなこんなで気が付けば、中途半端な時間になっちゃったんで、
献血ルームで献血する事にしました。検査が終わって
献血台で横になって見ると何となくだるい。
これは眠るなって思っていたら、案の定爆睡しちゃいました。

成分献血を終わると丁度五時半ぐらい。
帰宅を急ぐサラリーマン達が街に溢れる時間帯でしたね。

中心部の雰囲気になんとなく居心地の悪さを感じて、
またアパートへ戻るのですが、だるさは段々と酷くなりました。
ちょっと横になりたかったんですが、横になると
絶対にミーティングにいけそうに無い。
多分朝まで寝そうでしたので我慢して、また丸の内に向けて
自転車を出すのですが、体調は非常に悪かったんですね。

ミーティングが始まり、リーディングカードの読み合わせが
終わるとその後は記憶が全然ありません。
途中で先行く仲間が話していたのを聞いたのを除いて、
献金袋が回ってくるまで全然覚えていません。
爆睡していたんですね。完全に眠っていました。

恥ずかしながらよく寝たなぁ。夢まで見ていたし。
仲間達と一緒に居ると時々こんな事があるんだよなぁ。
帰り道何故かみんな優しかったなぁ。寝言で何か言っちゃったかなぁ。

さて明日からまた頑張りますか。

ある仲間のお話

一人の部屋に帰りたくなくてかれこれ3時間近く漫画喫茶にこもっています。
見たかった漫画も全巻読んでしまいまして、それでもお店を出て
自転車を漕いでアパートに帰る気がしなくてね。ちょっと調子悪いです。

一人暮らしの人が電気つけっぱなしにしているってこんな心境なんだろうなぁ。
その話って女性の方から聞いたんですけど。離婚直後の話ってね。

こんな時はある仲間の事を思い出します。
自分はある施設の仲間達と一緒に居る時が多いのですが、
もう一年以上前の話かなぁ。その仲間ともう会えなくなったのは。

自主退寮して自分の地元に帰ってそのまま会う事も
無くなった方です。最初に出会ったときは、
お前地元なんだからヤクザ紹介しろとかさ、
何処でここら辺の奴は手に入れているんだとさ。
正直すごく苦手な感じの仲間でした。ミーティングぶち壊す時も有ったしね。

でもプログラムの力って奴なんでしょうね。
段々と下ろす話も聞く姿勢も変わってきて、
穏やかな人に変わってゆきました。

最後に会った時にはある会場のセクレタリーを
務められるぐらいになっていました。
その後顔を合わす事が無くなって仲間に
消息を聞くと元の家族と復縁したくて、
円満退寮して地元の町に帰ったと聞きました。

それからどれ位たってからかなぁ、ミーティングの前、
仲間の雑談で賑わう会場の中。隣に座っていた仲間が、
ねぇ聞いたって彼の消息を教えてくれました。
彼が自分で命を絶ったって話を私に教えてくれました。

つながりたてのまだ荒れていた頃から
一緒に歩いてきた仲間の最後の消息。
家族に受け入れられずに絶望して自殺したって
現実を私は伝えられました。

何故にという思い。信じられないという思い。
まだ他人の事と自分の事の境目が定かではない頃の
私にはとてもショックすぎてしばらく具合が悪かったです。

死に至る病という現実、そして彼が残したメッセージ。
私たちはプログラムから離れると危険である事を
改めて伝えてくれたのだと思います。

でも楽になったのかなぁ。苦しそうだったからなぁ。
そっちからはどんな風に今の私は見えるのかなぁ。
相変わらず病が深いって、見込みが無いって言われるのかなぁ。

北関東、特に足利と館林周辺について思い出してみた。

今朝目覚めた時に、以前は暴力的だった事を思い出しました。
学生の時はともかくとして、北関東時代は結構激しかったな。

館林の隣町に住んでいたときにね。一番最初に入寮した部屋で、
同室の人がお刺身を用意してくれたんですね。歓迎の意味で。
何となく下に見られたような気がして、「てめぇにわかるのかよぉ」と
発作的に暴力を振るっていたんですね。壁に押し付けて、
こぶしを彼のあごに押し当てて、怖かったでしょうね。

俺もそんな事されたら怖いわ。

その後和解して良いお付き合いをさせて頂くんですが、
似た様な話はその頃ゴロゴロとありまして、
喧嘩をしてからで無いと友人関係が作れませんでした。
常に衝動的で発作的。声は大きい、態度はでかい。
何考えているのか良く分からない。それで暴力的。

今のように派遣なんてメジャーでは無かった頃の
食い詰め者の集団の中でメキメキと居場所を作っていました。
いわゆる期間工の住所不定者の中で生き生きと暮らして居ました。

自分の青春と言えばあの頃がそうかも知れませんね。
自分の身丈ってのに丁度良い生活ってのは、
ギャンブル抜きならば、あの時代がそうかも知れません。
あのまま北関東に居たとしたら、お誘いがあった工場に
就職して、アパートを借りて、毎日油に塗れながらも、
結構つつましくも幸せに暮らしていたかもしれませんね。
それで年齢を重ねるにつれてそれなりに常識も身につけて、
結婚出来たとしたら子供の手を引いてとりせんなんかで買い物して、
時々鬼怒川で遊んだりしてそういう人生も選択する事も
出来たんでしょうね。選びませんでしたけど♪

地道に暮らすのが苦手な私は途中でその生活に飽き足らなくなって、
人生を思いっきり変えたくてセールスマンになるんですが、
あれが人生の分かれ道だったんでしょうね。
なんであんなに急激に向上したかったんでしょう。
なんであんなに自分を変えてみたかったんでしょう。
バブル後期の浮ついた雰囲気に、努力すれば報われると言う風潮に、
身の程も分からずに非凡になりたかったんですね。
コツコツと借金も返す事が出来て、ギャンブルの問題も
今からしてみればそんなに酷くも無かったのに、
なんで背伸びをしたかったんでしょうか。

それは見返してやりたかったんですよ。全て。
自分を見捨てた彼女とか軽くあしらわれた音楽関係者とか、
地元の友達とか親とか従兄弟とか全てをね。
とんでも無いお金持ちになって見返してやりたかったんですよ。
でももう間違い始めていましたね。狂いはじめたってのが正しいか。

何で俺はこんな暮らしをしなくてはならないのか。
何で俺がこんなに苦しいのか。何で俺は毎日煙突をプレス機の前に
かじりついて作らなくては行けないのか。
何でこんな底辺でくすぶっていなくては行けないのか。
冗談じゃない、これは俺の居る所ではない。ふざけんなって
毎日思い始めた頃が後の破滅の始まりでしたね。

一発逆転が無いと惨め過ぎると自分を責めて無理やり駆り立てて、
無茶苦茶な事ばかり繰り返して最後には文字通り燃え尽きて
うつ病みたいになって最終的にはセールスの世界を去る事に
なるんですけど、自分の実力不足ってのは最後まで認めませんでしたね。
認めたら自分が無くなる感じがしていたんですけど、
結局は自分なんて物は最初から最後まで無かったんでしょうね。

私の意志と生き方を

今日は仕事が休みなのでミーティングに行く以外は、
ほとんど部屋にこもっていました。やる事あったしね。
先日から自分が傷つけた人のリストを書いていて、
もう一度チェックをするとぐったりと疲れて、3時位から寝てしまいました。
今日は布団を干したので気持ちよかったなぁ。

さて今日お邪魔してきたミーティングのテーマは
気が緩むとか抜けるとかそんな感じのテーマでした。

ギャンブルをしていた頃、自力で止めようとしたのは
何回もありますが、何故か長続きしない。
一番長くて半年ぐらいかな。その後再発すると
もっと酷くなって借金の増えるスピードは
思いっきり早くなりました。賭け方も荒い荒い。

ゲーム喫茶に置いてある機械はほとんどがダブルアップがあって、
非合法と合法の違いってのはその点が一番大きいんですね。
まさしくイチかバチか。倍になるか0になるか。
この刺激的な所があの単調なゲーム性で人を引き付ける所なんでしょう。

病気が激しくなる前は途中で点数をキープする事も出来たのですが、
酷くなるにつれて叩きまくるのみ。それも外れるか大勝ちするか。
何かにとりつかれたように叩く、叩く、叩く。
それも悪い事にスモールを叩き続ければスモールになると言う
妄想とオカルトに取り付かれているのでスモールを叩き続ける。

叩け、叩けと言う声が幻聴として聞こえる。明日のジョーかよ。
逃げたら駄目だ、逃げたら駄目だと幻聴も聞こえる。これはエバかw
当たる訳無いよなぁ、これで勝ち抜いたらそれは送りだわ。

生まれた町に居られなくなって、北関東に潜伏していた頃、
田舎町なのに何故かゲーム喫茶を見つけてくる。
トラブルを起こして居にくくなって他の町にいっても
何故かゲーム喫茶を探し出す。職業を変えても
いつの間にかゲーム喫茶に座っている。
凄い執念でゲーム機賭博を続けていたもんだなぁ。
この嗅覚、麻薬捜査犬かよ♪どうやって探し出すかと言うと、
今は見かけなくなりましたが、道端の捨て看板でゲーム喫茶を探し出す。
大体見つける事が出来ましたね。変な自慢ですがw

どんな町でも借金を返す目的が最初にあるのですが、
結局元の木阿弥になる、大体は以前より酷くなる。
その繰り返しでしたね。それこそ約20年間ずっとそうでした。
自分に嫌気が差して今度こそ借金を返して綺麗な身になろうと、
財布に誓いの紙を入れたり、誓約書を書いたり、自分で
自分の事を思いっきり殴りつけたり、結婚してからもそうで、
実家に清算してもらった後、離婚届を預けたり、
土下座をしたり、財布にお金を持ち歩かないようにしても、
結局自分では何も解決する事は出来ませんでしたね。

状況的に底を付いてGAにつながってから、
ハイヤーパワーの存在を知ったり、プログラムを知ったりして、
段々と他に解決する方法が存在する事を受け入れてゆくのですが、
最初の内はなかなか信じきる、もしくは信頼する事は難しかったですね。
クリーンの質は最初の頃はあまり良くなかったんですよ。
キセルをしたり、感情を露にしたり、エロDVDの試写室で、
ゲーム喫茶に置いてある機械の非賭博バージョンで遊んだりして。
あとスロットもやっていたなぁ。非賭博バージョンですが。

その後二回目の底付きが去年の夏に有って、
本格的なアブスティナンスに入ってゆくのですが、
ハイヤーパワーに委ねるって感覚はその頃からですね。
色々と紆余曲折が有って今2年と4ヶ月の賭けない時間を
頂いているのですが、何が一番の問題だったかと言うと、
自分の意思。これが一番の問題でしたね。

今まで頼りにしていた自分の意思が一番の敵だったとは、
これは天変地異に近い衝撃でしたねぇ。
つーかさ、今までの数奇な人生の原因は自分だった。
正確に言うと自分の意思の使い方と意思の質が問題だったんですね。

>神様、私の意思と行動を回復へと導いてください。
>どのように生きてゆけば良いのか私に示してください。
                   第3ステップの祈り NAより

もう煮るなり焼くなりしていただいて良いですから、
もう人間の形をした化け物にしないで下さいって感じですかね。

新しい仲間

自分は知らなかったんですが、年末年始は新しく繋がる仲間が多いそうです。
確かに今週も先週も一人ずつ新しい仲間が来てくれます。
ローカルの奇跡だなぁ、甲府も人が増えてきたもんだなぁ。

最初の頃は仲間と二人きりでミーティングをしていたと
思ったら、今日は7人。その中で甲府は5人か。
これは一年目には10人位になっちゃうかもなぁ。

いつものように近所のジョナサンでお茶をしながら
そろそろ会場も水曜日だけじゃ足りなくなりつつあるみたいで、
春頃から曜日を増やそうか会場を増やそうか話をしていました。
どさくさに紛れて仲間に役割を一つお願いしました。
自分から役割を手放すタイミングが来たって事かな。
その仲間は頼まれていた家族のグループのスピーカーも
引き受けてくれました。急に変わってきたなぁ。頼もしいなぁ。

将来は中央線の特急の停車駅に全てGA会場がある。
野望か?いや妄想か?東からだと大月・石和・甲府・
韮崎・小淵沢・そして長野に攻め込んで行けたら良いのにな。
いつの日にか実現できたら良いな。中央線イェ~~~♪
プロフィール

ヒロ

Author:ヒロ
ギャンブル依存症のヒロです。ハイヤーパワーと共に新しい生き方を学んでいます。

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